全5回
- Seminar6 開催予定日時
5月8日(木)20:00-22:00
6月12日(木)20:00-22:00
7月10日(木)20:00-22:00
8月14日(木)20:00-22:00
9月11日(木)20:00-22:00
ISBN:978-4-622-08865-3
日経新聞土曜版の楽しみは、なんといっても見開きの大きな書評ページだ。私にとって、これがほとんど唯一の新刊本の情報源となっている。朝の紅茶を飲みながら、書評を眺め、心に留まる本を探す。本書は2020年2月15日に紹介されていた。
これも毎度のことではあるが、私は書評を読んでいるようで読んでいないようだ。ある程度の知識をもっている分野の場合、書評から本の内容を推測することもできる。しかし、まったく知識を持ち合わせていない分野の場合、書評を目で追うだけでは頭に入ってこない。それにも拘わらず、不思議に惹かれる本と時々出会うことができる。
早速手にした本書は、みすず書房らしく小ぶりで端正に仕上がっていて、カバーの麦穂の絵も美しく上品で、本棚を飾るのにはもってこいだ。それにしても「反穀物」などという日本語があるのだろうか?これは、私のような老人が陥りがちな穀物中心の単調な食生活をいさめる、「ロカボ」生活への誘いの書なのだろうか?というわけで、実際に手にとったものの、結局は3年以上積読のまま放置していた。
しばらくして、別の本を読んでいた時に、そこで本書が引用されていたのだが、その文脈が穏やかではなかった。現代における「アナーキズム(無政府主義)」の代表的な思想家とその書籍として、この『反穀物の人類史』が紹介されていたのだ。その時まで私は、「アナーキズム」は「マルクス主義」以上に古く、すでに死に絶えた過去の遺物だと理解していた。つまりは博物館の中の恐竜の骨格が、突如として歩き出したような驚きを感じるとともに、実際に読んでみたいという強い好奇心が生まれた。これは大変だ!私の書架のなかで、美本として落ち着いていたものが、突然、ぶっそうな「時限爆弾」のように見えて来たのだ。
私はこれまで、「アート教育とは何か?」への回答を、一言では「周辺的価値」と述べて来た。しかし、本書を読んだ後、「周辺的価値」という概念に違和感を覚えるようになった。その違和感は、否定的というのではなく、超克的と呼ぶべきものである。「周辺」は「中央」と対峙する概念である。その「周辺」を語るためには初めに、「中央」を認知しなければならない。つまりは「周辺」に独自の価値を認めようとすればするほど、私たちは「中央」に依存せざるを得ず、結局は「中央」に対する「周辺」というヒエラルキー構造を強化し、「周辺」の疎外を助長してしまうことになる。その意味で、アナーキズムとは、「中央」の対峙ではない「周辺」に関する新たな概念の模索と考えることができる。それはつまり「サバルタン問題」と言われるものであり、おそらくは明確な概念化は難しいだろう。それゆえ、そのような問題への覚醒を、抽象的な議論ではなく、具体的な人類史を通じて、私たちに促してくれることが、本書の最大の貢献であると考える。(記 2025年3月9日)