全5回
- Seminar7 開催予定日時
11月13日(木)20:00-22:00
12月16日(火)20:00-22:00
ISBN:978-4480098849
西洋の歴史は、古代・中世・近世という、3つに区分することが一般的である。古代は神話と英雄と哲学者の時代であり、その遠さが偉大さとなり、批判よりも憧れの対象となっている。近世はルネサンスと科学革命を経て人間中心を謳歌する私たちの時代につながる。その古代と近世に挟まれる中世はというと、すべてが宗教の黒い影に覆われた暗黒の時代として忘れ去られる。このステレオタイプは私たちがその末端に住む近世が、どうやら自分自身を称揚するためにつくりだした恣意的な歴史観、プロパガンダであるようだ。中世を舞台とする本書は、主にキリスト教会におけるアリストテレス受容を軸に、著者が「アリストテレス革命」と呼ぶ、知と変遷について著したものである。
本書の日本語タイトルは『中世の覚醒』となっているが、原書の英語タイトルは『Aristotle's Children: How Christians, Muslims, and Jews Rediscovered Ancient Wisdom and Illuminated the Middle Ages. 』であり、直訳すれば「アリストテレスの子供たち:キリスト教、イスラム教そしてユダヤ教は、どのようにして古代の知恵を再発見し中世を照らしたのか」となろう。このタイトルを読む限りでは、本書はアリストテレスに関連した史学ジャンルの書籍に留まるように思われるが、その想像を超えた強く明確なメッセージに貫かれているということが、本書を類まれなものにしている。
奥付に記された簡単な著者紹介によると、「国際紛争解決が専門」とあり、著作のきっかけについて「私がアリストテレス革命の物語に遭遇したのは、宗教間の衝突が生じる原因を研究していたときのことだった」(p11)と簡単に説明している。著者は西欧におけるアリストテレスの再発見――「12世紀にキリスト教の聖職者たちがムスリムの支配を脱したばかりのスペインの都市で、過去1000年近くも西ヨーロッパから姿を消していたアリストテレスの一連の著作を再発見したことを知ったのだ」(p11)――に驚くとともに、「この物語がきわめて興味深く、歴史的に重要な意味をもっているにもかかわらず、いかに世に知られていないかということだった」ことに、それ以上の驚きを覚えている。そして、その中世のアリストテレス革命が「西ヨーロッパの思考様式を変容させ、その文化を科学的な探究への道に誘った」(p12)という評価に基づいて本書を展開している。
本書に登場する主たる中世思想家(宗教家)たちは、キリスト教の「信仰」とアリストテレスで再発見された「理性」、その二つを調和させる方途を探った。調和を精緻にするプロセスが中世思想を、ひいては人類の思想に大いなる深みを与えたことは疑い得ない。しかし、「こうした努力にもかかわらず、14世紀にはすでに、信仰と理性の分離が始まっていた。この時以来、対立をはらんだ分離ともいうべき状態が、信仰と理性の関係を特徴づけている」(pp14-15)。
現在の私たちは、信仰と理性の分離が「科学」を生み出したことを知っている。そして、「科学」がもたらした多くの果実を享受することで、豊かな生活を営んでいる。その意味で、中世の厳しく貧しい暮らしに戻りたいと考えることはない。しかし、私たちは私たちのこの時代に、中世とは異なる多くの不安を抱えている。そしてその不安の多くは、信仰と理性が分離したことが原因かもしれないのだ。「信仰」というとなじみは薄いが、その意味は、真・善・美・信念・義・徳・価値・評価、等々と読み替えることができる。つまり客観的でないものはすべて「信仰」に準ずる概念と捉えることができる。
著者は、「私たちが近代文明と称する文明は、頭の文化と心の文化の分離、力の神聖視、宗教の「私有化」、諸々の価値の商品化などを、その特徴としている」(p15)と述べ、信仰と理性の調和を放棄した私たちの文明を描写している。そして、「本書が明らかにしているのは、この状態〔信仰と理性の分離〕が未来永劫に続くわけではない、ということだ」(p15)と指摘したうえで、「私たちの歴史の形成に与った物語の中に、もっと人間的で統合されたグローバルな未来を築くヒントを見出せるかもしれないのだ」と希望を繋いでいる。
最後に、上述の通り本書は「中世のアリストテレス受容における信仰と理性の調和」を主たるモチーフにしているが、そのモチーフに命を吹き込むために、キリスト教やその思想家たちを丁寧に描写している。そのため、中世の思想とその歴史を身近に知るためのガイドブックとしても、本書は優れた読み物となっている。